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皆春荘は、大正3年(1914年)に明治の元勲・山縣有朋(第3代・第9代内閣総理大臣)の小田原別邸である古稀庵に別庵として編入された建物であり、山縣の小田原別邸のうち、当時の場所に残る唯一の建物です。庭園は、山縣が自ら作庭を指揮したと伝えられる自然を重視したものとなっています。
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肥料、農薬を使わない自然力畑の土は「安心・安全」。赤ちゃんから大人まで楽しめる色々な体験をご提案いたします。年間を通じて季節ごとの自然を満喫し、「食べるもの」を作る責任、やりがい、喜びを学ぶプログラムは大変好評です。絵本を使ったアプローチは興味、関心を深めることに繋がります。
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お林のエリアのほぼ真ん中に、雨がたくさん降るなど限られたときにのみ、現れる池。
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麻生不動院の正式名称は「明王山不動院般若坊」(みょうおうざん・ふどういん・はんにゃぼう)といいます。無病息災や家内安全を願うダルマ市が有名です。
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表門、主屋、各蔵、等の屋敷構えが江戸時代の農村生活の原風景を残している貴重な文化遺産
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精進池付近に、高さ3.2mの地蔵菩薩坐像「六道地蔵」を中心に、鎌倉時代から室町時代前期にかけて造られた石仏・石塔が点在しています。中世の地蔵信仰を物語る遺物として、国の重要文化財及び史跡に指定されています。
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川崎の環境問題に取り組んできた歴史や優れた環境技術を国内外に発信する「川崎市環境総合研究所アーカイブスペース~川崎から世界へ~未来へはばたく環境技術」が、川崎生命科学・環境研究センター(LiSE)1階にあります。映像やタペストリー、タッチパネル、展示物等を通じて、川崎の公害の歴史や環境技術を紹介しています。
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丹沢表尾根にある標高1122mの山です。山名の由来のひとつに、ふもとの横野集落の唐子神社に伝わる伝承があります。その昔、唐の国から飛来した神が横野村から登る尾根に一から三まで3つの神灯を灯し祀るようにと神像を渡し、一の灯に唐子神社、次の峰が二の灯、その上の峰が三の灯とし、「灯」が「塔」に転化したとも云われています。
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神奈川県西部 自然豊かな山北町にある禅宗のお寺です。「山寺で学ぼう」として、坐禅会、写経会、お茶を愉しむ「喫茶去」が毎月第一土曜日に開かれています。
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静かな住宅街の中にある、天園ハイキングコースに繋がる入口です。
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蓑毛バス停から金目川沿いに30分程度登ったところにあり、水道水源としても利用されています。水質は硬度が低く、軟らかい湧水です。
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東京湾や房総半島への眺望が開けた園地で、海の自然や照葉樹林を中心とした広大な敷地内には希少植物も自生している昆虫や生き物も多く生息する山の自然も魅力的な自然環境が保全されています。また日本初の洋式灯台や明治からの砲台遺跡、旧火薬庫なども多数存在する歴史的にも魅力のある公園です。
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丹沢の峠、いより峠にある不動明王は、以前は道標の役割があったと言われています。
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江戸時代、三の丸には重臣の屋敷や藩の施設が置かれ、二の丸・御用米曲輪・南曲輪を大きく取り囲むように配置されていました。この三の丸には4つの出入り口が設けられており、そのうち、東の大手口、北の幸田口、南の箱根口は、堅牢な石垣で固めた桝形門となっていました。江戸時代初期の小田原城の大手口は箱根口でしたが、稲葉氏の時代に江戸に向く現在の場所に移されています。大手門跡の石垣の上には、大正時代に移設された時の鐘があり(現在の鐘は昭和28年製)、午前6時と午後6時に鐘を打ち、市民に時を知らせています。
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明治初期から地芝居として、農家の人々により演じられていたと言われている、旧藤野町の村歌舞伎。戦後、だんだんと衰退し、演じられることも少なくなってきました。今から約25年前に、この村歌舞伎の伝承を目的に、藤野地区住民によって毎年公演されるようになりました。伝統的な歌舞伎を演じる役者の大半は子供たちで、年配の先輩役者に難しい歌舞伎のセリフを教えて貰ったりと伝統文化を継承しています。
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高札場とは、幕府や領主による最も基本的な法令を書き記した「札」が掲示された場所で、各宿場のほか村々にも設けられていました。平塚宿の高札場には、隣り合う藤沢宿や大磯宿への公定運賃なども表示されていたといいます。
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源氏池の中の島に鎮座しており、現在の御社殿は八幡宮御創建800年(昭和55年)に、文政年間の古図をもとに復元したものです。頼朝公の旗上げにちなみ、源氏の二引きの旗に願いをかける人が大勢います。
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【概要】秦野市では、1998年に東田原出身の浮世絵収集家・大津圓子氏から浮世絵約1,900点の寄贈を受けました。秦野市立図書館内にある「はだの浮世絵ギャラリー」では、大津圓子氏から寄贈された貴重な浮世絵を様々な企画内容で展示しています。
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『吾妻鏡』には鎌倉幕府の中枢を担っていた梶原景時が相模国一宮に館を持っていたと記されています。その跡地が天満宮を中心とする一帯であるといわれています。
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かつては排水路を横断するように架かっていた橋ですが、昭和6年頃に水路が埋められたため、現在は親柱だけが交差点脇の歩道に保存されています。
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山頂からは表尾根の山並みが一望でき、また、遠くに富士山も楽しめます。山頂には休憩所とトイレがあります。
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烏尾山からは三ノ塔尾根越しに秦野市内を一望でき、三ノ塔や塔ノ岳などの表尾根の山並みも楽しめます。烏尾山という名前の由来は、この山で修行をしていた修験者が、修行の最中に飛来したカラスに修行成就への加護を祈念したためと言われています。
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約700年前、鎌倉時代から室町時代前期にかけて数多くの石仏や石塔が造られました。これら石仏・石塔の多くは、中世の地蔵信仰を物語る遺物として国の重要文化財に指定され、また、周辺一帯も同様に国の史跡に指定されています。(写真提供:photolibrary)
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松田町の地域活性化や観光復興を目指し、江戸時代の農村改革の指導者として活躍した二宮尊徳の碑が設置されました。市民の憩いの場として賑わっています。
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親鸞聖人の門弟 信楽房(しんぎょうぼう)が開基の寺。親鸞聖人の子 善鸞が東寺を聖人の旧跡と慕って滞在し、当地で往生したといい、墓所があります。
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鎌倉から藤沢方面へ通じる切通道で、中世のやぐらなどがあり、狭く急峻な古道の様子がよく残されています。
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生産者の思いが復活させた幻のブランド豚「高座豚」が味わえるお店です。●住所:神奈川県藤沢市湘南台2-5-11 ウエストプラザ1番地 103
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国道1号の西側、精進池の近くにある磨崖仏で国の重要文化財に指定されています。
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昔から村人から信仰の厚い不動さまであり境内の滝不動は谷津川の水源地となっています。
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六国峠ハイキングコースの途中にある鎌倉市と横浜市の境目の広場です。
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東沢ノ頭を越えて熊笹ノ峰の頂上手前が矢駄尾根分岐です。(写真提供:photolibrary)
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禅宗寺院の仏像の制作のために奈良からきた慶派の仏師達、その末裔による鎌倉彫の店舗です。